訪れた拝所が、どうしてあんなにわたしの心を振るわせたのか。そして、同時にあんなに(厳密には、言葉では言い表せない感覚であるのだが、あえて言えば)心地よかったのか。 その答えがふと心に浮かんできた。 きっかけは、友人からのメール。その友人も同じ場所へ何年か前に行き、 「両親やご先祖への感謝の気持ちが湧き上がり、ありがとうありがとうって一生懸命祈ったよ」 と書いていた。 土地、場所そのものが持つ「気」も確かにあるだろう。 しかし、あの場所はそれに加えて、人々の「感謝の祈り」で包まれているのだ。 日常的に誰かの家族がそこで先祖を偲び、今日の命に感謝をささげている。 送られた命への、いつか送られる命への、迎えた新しい命への祈り。 繰り返し繰り返し営まれる日々の暮らしの中で、いつも誰かがそこで祈っている。 そういう祈りに満ちているのだ。 私たち自身遠い先祖の生まれ変わりだという。 私たちの体にはその遺伝子が受け継がれ、細胞の中に記憶として残っている。 祖先に祈ることは、そういう自分の中の遺伝子の歴史に祈ることなのではないだろうか。 傷ついているかもしれない。 怒っているかもしれない。 泣いているかも。 恨んでいるかも。 淋しがっているかもしれない。 それらに、平安を祈ろう。 笑っていたら 楽しんでいたら それらから力をもらおう。導いてくださいと祈ろう。 そして、結局は 時を越え・・・・ 時間とはいったいなんだろう。 ずっと昔に生きる私は、まだ見ぬ自分に癒され、 今を生きる私は、過去を生きた私に先導を頼む。 そう祈る時 時間と空間を越えて、今この命が繋がっている感覚・・・・ それ あの場所で私を包んだあの心地よい感覚は・・・・きっと。 ヒプノセラピーは、結局そのことを具体化し、自身の中での変化を実感する作業なのだと改めて思った。 私たちは、横軸に自己の魂の歴史を 縦軸に受け継がれてきた祖先のDNAをもつ。 そのクロスの中心からどれほどの人々が広がっているだろうか。 私たちの中の様々なブロックを、自分たち自身である先祖に祈ることによって溶かす。 すると、今までなかった新たなエネルギーが流れ込み、私たちの人生をさらに豊かにする ことができるのだろう。 そして、その新しいエネルギーの流れは、そのクロスの中心から広がるすべての人へ注がれてゆく。 その視点から世界や宇宙を見ると、個人のどんなに小さな体験も1人だけのものではないのだ。 ゲートが開く理由はそこにあるのではないだろうか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちは、特別の場所に行かなくても祈りに包まれた場所を作ることができる。 今、ここで祈る。そして、感じる。 たくさんの場所が、祈りの場になったとき。 祈りの場の連続となったとき・・・・・・ どんなことが起こるだろう。 ![]() ![]() |
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